財務諸表に載らない企業の価値

企業の価値が高いとか低いとかいうことは株価もしくはその時価総額で決まるというのは本当だろう。では、株価は何で決まるかといえば、財務諸表を読み、それを元にして投資家が企業の株を売買して決まるというのがだいたいの常識である。それは非常にある意味、市場が安定していて、健全な状態であることを示している。もっと広く、世の中が安全であるといってもいい。
ところが、最近の「食」における偽装や、はたまた「毒入り」などというものが出てくると、世の中の安全性は崩れる。そのようなことにかかわった企業は、それまでの財務諸表とは関係なく、企業としての価値が下がる。市場は敏感に反応し、株価も下がるだろう。
このようなそれまでの財務諸表情報を破壊してしまうような要因はなんであろうか。おそらくそれは、信頼性とか安全性とかそういうものが崩れることによるのだろう。このような、信頼性や安全性を無意識のうちに私達は「ブランド」と呼んでいる。そして、「ブランド」という価値は財務諸表には載っていないのである。
「ブランド」を数値化する方法として、いろいろな方法が試みられている。簡単な方法としては、株式の額面と時価の比を取ってみてもいい。これはあまりに単純化しすぎているけれど。そして、「ブランド」が「資産」として数値化され、財務諸表に載る日がやがて来るという。多分そうだろう。
で、やっと本論である。実は、このブランドは、財務諸表の他の項目、特に、損益計算書(P/L)の項目にフィードバックをかけてしまうと私は考えている。ブランドが向上すれば売上高も増加するであろう。そして、売上高が上がれば企業規模が大きくなり、さらにブランド力がつく。つまり、ブランドは、財務諸表の項目の中に入ったとしても、財務諸表自体にフィードバックをかけ、また財務諸表自体がブランドにフィードバックをかけるといういわば「入れ子構造」になってしまうのである。
(余談であるが、こういう場合は、両者が自己無撞着になるようにしてブランド価値が決まる。)
だからブランドを財務諸表の中に入れても複雑になるだけであると思うのは私だけであろうか。そして、このブランドというのは、上記のような突然の崩壊を起こすことがあり、その崩壊とともに財務諸表の内容も崩壊するのである。

私の好きな「モノ」と「コト」の話にすると、明らかに、ブランドは「コト」である。そう思って財務諸表を見てみると、貸借対照表(B/S)は固定資産(負債)である「モノ気味」、や流動資産(負債)である「コト気味」から成り立っているし、P/Lはやっぱり「コト気味」の項目からなっている。「気味」と書いたのは、それがお金であったり、債権であったり、そういう、「モノ」(「コト」)であるけれど実態は「コト」(「モノ」)であるといういみである。こんなことを考えても「ブランド」は、なんとも本当に手にとることの出来ない真の意味で「コト」なのである。そして、それが崩壊した時、すべてが崩壊する。「花を売らない花売り娘の物語」(権八 成樹 著)に書かれている通り、「モノ」は、「100−1=99」であるが、「コト」は「100−1=0」なのである。まさに、「ブランド」がこの格好の例であろう。財務諸表に載らない恐ろしい存在(今はあえて量とは言わないでおこう)なのだと思う。

※ この記事は、湯本正典の個人の見解です。