和と積とのあいだの変換

オイラーの公式をご紹介したついでに、オイラーの公式の「役に立つ?」利用方法を改めて書きたいと思います。


突然ですが、三角関数の和と差の公式を覚えていらっしゃいますか?
たとえば、cos(x+y)=? とか、sin(x+y)=? とかです。私は全く覚えていませんので、今、ここで計算してみようと思います。その時に、オイラーの公式を使ってみようと思います。

その前に、ちょっとだけ注意しましょう。上で、cos(x+y)とかきましたが、このxとyは、以前に書いたxy平面のx,yとは、何の関係もありません。つまり、x,yではなく、a,bとしてもよいです。変数を示すアルファベットは何でもいいのですが、数学では、ある程度の習慣があります。習慣とか常識とか、そういうものにあまりこだわらない数学者が多いのですが、こうしたアルファベットでの変数表現には、ある程度習慣があるところは面白いですね。そして、先日のxy平面の、x,yと、今回のcos(x+y)のx,yは意味が違います。長い論述の中で、x,yを違う意味で使わなければならないことがあります。こうした場合、x,yの意味は、ここからここまでは「xy平面」のx,y、あそこからあそこまでは「cos(x+y)」の変数としてのx,y、ということを、明確にしておかなければいけません。書く側は明示しない場合もありますが、読む側はきちんと区別しないと混乱しますね。特に、これに気を付けないといけないのが、大きなプログラムを書くとき。変数x,yは、ここからここまではこういう意味、ということを明確にしなければプログラムは誤作動するか、動かないか、ということになります。このときの「ここからここまで」という範囲を「スコープ」と呼びます。つまり、cos(x+y)のx,yは、「今日のこの記事の中」、というスコープで有効です。

閑話休題


では、オイラーの公式を用いて、三角関数の和の公式を導いてみましょう。
まず、θ → x+y と変数を書き換えます。すると、オイラーの公式は、

となります。ここで、左辺の指数関数を式変形します。

最後に、左辺と右辺の実部と虚部とがそれぞれ同値であることを用いて、以下のように、三角関数の和の公式が得られます。



こんなに簡単な計算で、三角関数の和の公式が得られるのです。ちょっと幸せな気分でしょう? 暗記するのは、オイラーの公式と、θをx+yに置き換えて式変形することだけです。「役に立つ?」ことと書きましたが、高校の数学の試験の暗記量を抑える役には立つでしょう?(笑)。練習のために、差の公式も求めてみてください。もちろん、θをx-yに置き換えて式変形するだけです。


さて、ここからが本題で、このような操作、つまり、和の演算を積の演算に置き換えたり、積の演算を和の演算に置き換えたりする式の変換は、数学で非常に重要な役割を果たしています。面白いことに、人は、和の演算(足し算)の感覚には敏感なのに、積の演算(掛け算)の感覚には鈍感なのです。「成長の限界」という、環境問題の原点ともいうべき名著がありますが、その冒頭に、池を覆うハスの葉の話が出ていたと記憶しています。毎日2倍に成長するハスの葉があります。非常に小さく目に見えない葉から始まって、30日(1カ月)で池を覆ってしまいます。人間が、「こりゃ、ハスの葉が池を覆ってしまう!」と気づくのはいつでしょう?という問題が提示されています。30日で池を覆うのですから、29日目には、池の半分が覆われているわけです。28日目では池の4分の1、27日目では池の8分の1です。この異常に気付くのは、ハスの葉の成長が始まってから、27日目くらいなのではないでしょうか?そして、それが終焉を迎えるまでには、3日しかないのです!ハスの葉が池を覆う時をある種の終焉と思うのであれば、終焉のプロセスが始まってから、最後10分の1くらいの時にならないと、人は異常に気付かない例なのです。
このような例は、日本にも伝説があり、秀吉が曽呂利新左衛門にやる褒美の話が有名です。秀吉が曽呂利新左衛門になんでも褒美をやるから言ってみろ、というのです。曽呂利新左衛門は、「でしたら、1日目1粒、2日目2粒、3日目4粒、4日目8粒、というようにお米を毎日2倍にしていただき、それを1年ほどいただきたい」といったそうです。秀吉は、「そのようなことは造作ない」といって承諾しましたが、、、、計算してみるとわかるとおり、世界中のコメを集めてもこの約束は守れません。まさか、それで秀吉が朝鮮へ出兵したわけではないと思うのですが(笑)。


さきほどは、三角関数の和や積の変換でした。三角関数は、円周率πと関係が深い関数ですね。では、もう一つの超越数自然対数の底の名前の由来である、自然対数を思い出すと、実は、

log(x*y) = log(x) + log(y)

ですね。これも、和と積の間の変換になっています。上に出てきた、オイラーの公式の際の式変形の中の一番上の式からも導かれます。これを導くときにも、xとyのスコープにはくれぐれも注意してくださいね。とちらかを、a,bと置き換えた方がいいでしょうね。

和と積との間の変換は、数学のいろいろな分野に登場して、たとえば、分配法則、因数分解、式の展開、集合におけるド・モルガン法則、などに顔を出します。

ちなみに、上記のlogは、地震マグニチュードの表示と深い関係があります。マグニチュードが1増えただけで、地震のエネルギーは約32倍増しになってしまうのは、このためです。