「立場」や「役割」といったコンテキストを明らかにするはなし

本日、研究室の茶話会にて、東京大学政策ビジョン研究センターの秋山昌範先生のお話を拝聴しました。先生は、医療の情報化と、電子カルテなどの電子記録から新しい医学的知見をえるためのご研究を熱心になさっています。本日のお話をたいへん興味深く拝聴しました。

私が印象に残った部分をここに記述させていただきます。先生のご研究によると、医療の情報でも、それぞれの「立場」や「役割」によって、記述するときの視点が異なり、それによって、ずいぶんと内容が異なるというお話でした。たとえば、医師と看護師では、患者様を診る視点が違うそうです。看護師さんは、病院の今現在の多数の患者さんの記録を考え、医師の先生は、一人一人の患者さんの時間的経過を重視なさるということです。つまり、看護師さんは、現在の多数のデータを把握し、医師の先生は、それ以外にも時間の経過を非常に重視なさるということです。そして、秋山先生のご結論は、両方があるからより医療の質が高くなるというご指導でした。わたくしも非常に勉強になりました。

私のこのブログの「コンテキスト」という考え方も、そのような「立場」や「役割」に応じて重視する情報が異なってくることの重要性を認識して出てきた考え方です。

秋山先生が、本日合わせて、アリエールのマーケティングの研究をご紹介になりました。アリエールの特徴は「除菌力」だそうです。はじめは、「除菌力」といってCMを流していたそうですが、シェアがとれません。そこで、「除菌力により白くなる。」とCMを変えたそうですが売れなかったそうです。そして、困り果てて「除菌力により臭いが消える。」としたら、売れたそうです。「除菌力」という商品の機能は変わっていないのに、その効用の宣伝の選択の仕方によって売れ行きが変わった例だそうです。私が、「これは、購買層が女性だからですね。」とご質問申し上げると、先生もそうだと教えてくださいました。このように、サービスを提供する側と受ける側の「立場」や「役割」それに伴う「価値観」によって、結果が異なってくるのです。そして、この場合の「女性」というように、それが、暗黙の了解となって合意が形成されている場合が多いことも確かです。この「暗黙の了解」が異なる集団同士の話し合いになると、途端に合意形成が難しくなります。

したがって、現代では、自分の「立場」「役割」「価値観」などの「コンテキスト」を皆さんの前に明らかにして提示することが非常に重要と思われるのです。
そして、そのような前提条件を明らかにすることにより、初めて論理的な議論が有効になってくるのです。論理的思考というのは、その「前提条件」からの同値変形にすぎませんから。「前提条件」やお互いの立場の(違うことの)了解がこれからの日本の社会で重要になってくるのではないでしょうか?

このような「前提条件」の重要さは、基礎科学の分野ではよく知られていることです。科学ではこれを「仮説」と呼ぶ場合があります。たとえば、数学では「公理」や「公準」というものがあります。これは、議論を始める際の「前提条件」です。ユークリッド幾何学では「平行線の公準」が有名で、この公準は、ざっくりいうと、「平行な直線は交わらない」(注)という内容です。これは当たり前のように思えますが、球体の上では成り立ちません。例として、地球上の経線(北極と南極を結ぶ線)は互いに平行な直線(最短距離の線)ですが、北極と南極で交わるのです。この平行線公準を外すことにより、非ユークリッド幾何学のひとつである、リーマン幾何学が生まれました。そして、この前提条件自体の「正しい」or「間違い」は証明できません。ただ、その論理を展開していく中で矛盾が出ないように前提条件を定めておくという考え方もあります。この、前提条件の正否が必ずつけられるわけではないことを証明したのがゲーデル不完全性定理でしょう。(ざっくりした説明です。)

また、物理学の観測理論も、理論を展開する際の領域をどうとるかによって説明が違ってくることを考えると、「領域の取り方」という「前提条件」の違いによって起こっている現象と解釈することもできます。

さらに、レヴィ=ストロースのような構造主義に至ると、文明というものの前提条件を考えれば、文明に優劣はつけられないともいうことができます。

論理の展開は、コンピュータが正しく早く処理できるので今後は人間の仕事ではなくなるかもしれません。自分の「立場」「役割」「価値観」「前提条件」といったコンテキストを説明することの方が、ずっとずっと重要な時代がやってきていると思います。


(注)この表現は変で、「平行とは、交わらない」ことですから変な表現です。正確には、「平面において、直線は、2つの点を結ぶ最短距離の線である。」として、2つの直線が交わらないことを平行と呼んでいるわけです。つまり、球面では、最短距離の線と直線が平面上のようには一致しないことの方がより根源的な要因とも考えられます。