モーツアルトを核にして その3

むかし、「Love Story」という映画がありました。調べてみると、1970年の映画で、私が生まれた年の映画のようです。この映画は、別に映画館で見たわけではなく、学校の英語の教材として見た記憶があります。この主人公の女性が、音楽専攻の学生だったのか覚えていませんが、彼女が好きだったのが、「バッハ、モーツアルト、そしてビートルズ」だったような気がします。私は、現代の音楽事情の歴史を語るにあたって、必要な音楽家は、本当にこの3人ではないかと思います。

バッハは、西洋音楽の体系をまとめて、音楽表現をより効率的に的確に使えるように整理した人です。自身も、毎週教会用のカンタータを作曲することによって、音楽表現を実践した人です。その後、モーツアルトがしたことは、この音楽表現法をフルに活用して、音楽的な人格を作ったことです。バッハは、調性を整理して平均律クラヴィーア曲集という壮大な作品を残しました。しかし、この段階では、調性の色は見えても、それが人格になっていたとは思えません。モーツアルトは、長調が明るく楽観的な感じを与え、短調が暗く気難しく悲観的な感じを与えることに気づいて、それで、人格を表現した作曲家と言えます。彼は、その音楽的人格を、オペラというもっとも効果的な人格表現の舞台を使って、とても明快にわかりやすく表現することに成功しました。その後のクラシック音楽は、このような人格表現の工夫に過ぎないと言い切ってしまっては無理があるでしょうか?それ以外には、バッハの音楽体系を破壊して新しいフレームワークを構築しようとしたシェーンベルクから始まる作曲家の流れがあるだけでしょう。


さて、バッハとモーツアルトですが、この2人を比較するととても面白い相違点があることに気づきます。いくつか挙げてみましょう。まず宗教ですが、バッハがプロテスタントであったのに対し、モーツアルトカトリックです。モーツアルトはこのカトリックの厳格さに耐えられず、自己の中に矛盾を抱えていました。その葛藤が音楽表現のエネルギーになったかもしれません。一方で、バッハは、日常生活においては、精神的にだいぶ穏やかな環境で生涯を過ごしているようです。また、モーツアルは、幼いころから旅に次ぐ旅を重ねていたのに対し、バッハは生涯ほとんどドイツの片田舎で過ごします。今でこそドイツの都市になっていますが、当時はヨーロッパの田舎でした。モーツアルトがスマートな都会っ子であったのに対し、バッハは朴訥な田舎者という印象を受けます。バッハのころの都会っ子は、ヘンデルテレマンのような作曲家です。また、後年のブルックナーはどこか自分をバッハと重ね合わせていたようです。


このような2人のコンテキストの違いが、2人の音楽業績に影響を与えたことは考えられますが、具体的にどのように影響したかは、ちゃんと分析してみないとわかりません。しかし、この比較は、日常生活が創造活動にどのような影響を及ぼすのか考えるうえでも興味深いと思います。


モーツアルトは、ウィーンの宮廷にいた、スヴィーテン伯爵からバロック音楽の楽譜をたくさん見せてもらったことでしょう。そのなかで、ヘンデルメサイアを編曲したりしています。その一方で、バッハのことは、幼き日の師匠でもある、クリスティアン・バッハ(ロンドンのバッハ)の父として意識したに違いありません。モーツアルトがその大バッハの楽譜を見て、「自分はみんなに受けるために作曲しているが、バッハは自己追求のために作曲してた。」と感じたようです。そして、自分も自己追求のための作曲をしてみたいという欲求に駆られ、ついに自己と向き合うことになります。これは、モーツアルト自身にとっては悲劇の始まりであり、現代の私たちにとっては、非常に幸福な結果をもたらします。モーツアルトの後期の、当時としては「難解」な音楽が、今日では、モーツアルトの「傑作」として残っているのです。

最後に、ビートルズです。私は、ポールのメロディーが好きです。ビートルズの功績は、現代のポピュラー音楽の基礎を作ったことでしょう。現代のポップスはここから派生したものといってもかまわないかもしれません。バッハやモーツアルトの時代は、彼らにとって全世界はヨーロッパだったといえます。彼らの音楽はヨーロッパ中の愛好家に親しまれるようになりました。そして、ビートルズの音楽は、現代の全世界、本当に地球上の愛好家に親しまれています。全世界が、ヨーロッパから地球上に変わったのです。このように考えると、音楽の普遍性とは何なのか?改めて考えてしまいます。

好きなのはベートーベン。特に詩が。といったビートルズのメンバーがいました。私はこれを知ったとき、第9の合唱が始まる直前のバリトンのレシタチィーボの詩を指しているのかと思いましたが、ビートルズファンからは、違うと思うよ、と言われてしまいました。

つづく




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モーツアルトを核にして その1
http://d.hatena.ne.jp/masanori-yumoto/20110723/1311447808