モーツアルトを核にして その4

昨日は、バッハ、モーツアルト、そしてビートルズという西洋音楽史上偉大なキャラクターについてお話ししました。今日は、モーツアルトのシリーズの中でありながら、一人の大作曲家に焦点を当てたいと思います。ヨーゼフ・ハイドン、その人です。バッハが西洋音楽の表現記法を整理し、モーツアルトがそれにより感情表現や人間描写、そして人格の表現に成功し、延々と時代は流れて、現代のビートルズに至ります。その流れは今も続いています。

しかし、西洋のクラシック音楽といわれる、この何とも言えぬ、教科書くさい、そして学校のにおいぷんぷんの、そして、時には上層階級風味漂う、この西洋クラシック音楽をそれたらしめる存在にした人。その人こそがハイドンだと私は思っています。巨大な形式美、巨大な構造物、それを作り上げるために、フォーマット、テンプレートを決めてしまったのがハイドンです。つまり、ソナタ形式交響曲の4楽章制、本当にクラシッククラシックを感じるのは、このハイドンの決めた様式によることろが大きいと思います。そして、ハイドンを知ることこそ、クラシックの一番の醍醐味です。

バッハが、西洋音楽の表現道具立てをして、ミクロ理論を作り上げたのに対し、巨大な構造のマクロ理論を作り上げたのがハイドンです。バッハを音楽の父、ハイドン交響曲の父と呼ぶのもなるほどと思います。バッハの作品において、一つ一つのメロディー、和声進行、リズム、そしてそれらからなる曲はとても素晴らしいのです。しかし、その曲を複数まとめて大きな楽曲を作るところまでは、バッハの力量をもってしても完成度が高いとは言えません。たとえば、管弦楽組曲フランス組曲、イギリス組曲無伴奏チェロ組曲、を見ても、各国の舞曲があるルールに従って並んでいます。確かにこれはこれでまとまっています。しかし、ハイドンが確立したソナタ形式のほうが、より洗練されていて、しかも厳格なルールにのっとっています。バッハの息子、エマニュエル・バッハクリスティアン・バッハの世代が試行錯誤を重ね、そしてハイドンがまとめあげた洗練された形式それが、ソナタ形式です。

ソナタ形式を、その構造を持つ交響曲を例に説明を試みたいと思います。交響曲は、4つの楽章からなります。第1楽章がソナタ形式、第2楽章がゆっくりした楽章、第3楽章に舞曲、第4楽章はロンド形式などの快活な曲、だいたいこんな感じがハイドンの決めたルールです。この交響曲の4楽章形式のことをそもそもソナタ形式と呼びますが、第1楽章の形式だけをソナタ形式ということもあります。混乱を避けるために、4楽章制のことを大ソナタ形式、第1楽章の形式のことを小ソナタ形式とでも呼ぶことにしましょうか。大ソナタ形式は、こんな感じですので、次は第1楽章に置かれる小ソナタ形式の説明をしましょう。

ソナタ形式は、まず第1主題というメロディーが出てきます。J-ポップの「Aメロ」だと思ってください。そして、次に第1主題とは対照的な第2主題を提示します。「Bメロ」です。AメロとBメロを合わせて、提示部と呼びます。提示部が終わると、AとBが複雑に絡み合い、展開部が出てきます。この展開部のおもしろさが作曲者の力量を決めます。そして、展開部が終わると、再現部で、Aメロ、Bメロが出てきますが、この時にはむしろ対照的ではなく、展開部で戦った後の和解のように、互いが妥協し合った形で再現されます。この、提示部(第1主題と第2主題の対立)展開部(第1主題と第2主題の闘争)再現部(第1主題と第2主題の和解)という構造が小ソナタ形式です。すっごーいルールだとおもいませんか? ちなみにJ-ポップの場合だと、Aメロ、Bメロの次は、サビですね。サビが聞かせどころですが、そのようなJ-ポップのお決まりよりは、もうちょっと複雑な形をしているのがソナタ形式です。これが、大ソナタ形式の第1楽章です。

第2楽章は、ゆっくりとした曲。上記のような厳格なルールがあるわけではありません。第3楽章は舞曲。第4楽章は、自由な形式で、作曲者がほんとうにやりたいことをやるような楽章です。ある意味J-ポップのB面みたいな感じでしょうか?ある意味挑戦、そして新しい試みを多くします。しかし、J-ポップのB面よりは、快活な曲が多い気がします。

ハイドンは、第2楽章に、「びっくり」のような有名なメロディーを出したり、ベートーベンは英雄で葬送行進曲を出したり、いろいろ工夫しています。また第3楽章は、ハイドンモーツアルトメヌエットを置きますが、ベートーベンは新しい試みとしてスケルツォを導入します。チャイコフスキーに至っては、洒落を決め込んでワルツです。第4楽章は、ロンド形式や再度小ソナタ形式で作ることも多いですが、比較的みんな好きに作っていますし、新しい試みが多いです。モーツアルトは最後の交響曲の第4楽章(本当に最後の最後ですね)でソナタ形式とフーガのあわせ技ですごい新旧調和を図っています(ハイドンとバッハの融合)。さらに、ブラームスも彼の最後の交響曲の最後の楽章で何階層にもわたる深い深い階層をもったシャコンヌパッサカリア)を作曲しています。バロックへの尊敬が感じられます。忘れてはいけません。ベートーベンが合唱を入れたのも、この第4楽章です。まあだいたいこんな感じです。

こんなルールを完成させたのがハイドンです。この形式(テンプレート)にのっとり、みずから104曲もの交響曲を書いたのですから、本当に本当にびっくりです。そして、ここから、クラシックの長い長い交響曲の流れがはじまるのです。そして、交響曲の終焉とともに、西洋のクラシック音楽は終わったのかもしれません。人間、さすがに飽きが来るものです。

今日は、ハイドンモーツアルトのかかわり、人格者ハイドンハイドンの交友関係の広さ、などなどを書こうと思っていましたが、彼の作った大ソナタ形式の話で終わってしまいました。

つづく


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モーツアルトを核にして その1
http://d.hatena.ne.jp/masanori-yumoto/20110723/1311447808